夏の記憶 in 莇平——「ケア」と共に歩んだ数日間
- Absynth Haolin YANG
- 2月28日
- 読了時間: 8分
更新日:3月6日
みなさん、こんにちは。今年度10月から研究生として在籍している楊昊林です。GAで研究をはじめてからあっという間に数ヶ月が経ちました。今日は昨年訪れた莇平での貴重な経験を振り返りながら、先日の学会で発表した内容にも触れつつ、改めて「アートとケア」というテーマについて考察してみたいと思います。
昨年のお盆、私はDOORプロジェクトのメンバーとして、新潟県十日町市莇平を訪れました。DOORプロジェクトは「ケア×アート」をテーマに掲げ、アートと社会福祉が交わる場を広げることで、多様な人々が共生できる社会を支える人材を育成する取り組みです。プロジェクトでは、専門家やアーティストと連携し、独自のカリキュラムを展開しています(公式サイト:https://door.geidai.ac.jp/)。
莇平は、美しい自然に囲まれた静かな村であり、アーティストの日比野克彦さんが手掛ける大地の芸術祭「明後日朝顔プロジェクト」が行われている場所でもあります。ここでは、花を介して地域と外部の人々をつなぐ試みが実施されており、アートが地域社会に深く根ざした存在となっています。
朝顔が彩る莇平の日常
莇平の朝は特別です。涼しい風が山から吹き下ろし、村全体が穏やかな空気に包まれています。村人たちと共に行う朝顔の水やりをする日課を通じて、自然と人との深い繋がりを肌で感じることができました。この水やりの時間は単なる作業ではなく、自然と向き合い、心を整える大切なひとときとなっていました。村人たちの何気ない日常の中にも「ケア」の要素が見受けられました。例えば、農作業の合間に開かれるお茶会や、日々の挨拶の習慣は、地域の結びつきを維持する重要な役割を果たしていました。こうした「日常のケア」の実践が、アートの持つ癒しの力と相互に影響し合っていることを実感しました。

地元の人々と語る村の歴史
今回のプロジェクトでは、地元の住民やアーティストへのインタビューを行いました。高齢の住民が語る村の歴史や伝統は、どれも温かみがあり、生き生きとしたものでした。一方、中国・内モンゴル自治区出身のアーティストが牧民が使用している伝統的な移動式住居のゲルの中で開催したワークショップでは、子どもたちが「移住」をテーマにユニークな作品を作り上げました。この活動を通じて、文化の違いを越えた交流の力強さを感じるとともに、子どもたちが文化や自然への新たな視点を得る機会となりました。アートが日常にもたらす癒しと活力を実感しました。

佐藤悠さん「ゴロゴロ莇平」―地域の心をつなぐアートと祭り
滞在中、私とチームメンバーがアーティストの佐藤悠さんにインタビューを行いました。
作品の「ゴロゴロ莇平」とは、直径3メートルの竹で作られた球形の物体(通称ゴロゴロ)に作家の佐藤悠が乗り込み、莇平集落の坂を頂上から麓までゴロゴロ駆け下りる行事的活動です。2009年から毎年お盆の時期に開催され、今年も「ゴロゴロ莇平」が開催されました。
沿道では住民が水鉄砲を手に掛け水を行い、それに応えるように「ゴロゴロ」は感謝を込めた「大回し」を披露しました。今年最初の掛け水を行ったのは日比野さんでした。彼の勇壮な水鉄砲の放射は、暑い日差しの中で涼しさをもたらし、山からの水の恵みを感じさせました。最終地点の明後日新聞社前では、濡れた服と笑顔、歓声に包まれながらラストの「大回し」が行われました。
佐藤さんは学生時代、「何か大きなものを作りたい」という気持ちから地域と共に活動を始めました。その過程で莇平に出会い、自然や人々との対話を重ねる中で「ゴロゴロ」が生まれました。2016年には大地の芸術祭の公式プログラムとして採用されましたが、現在は地域密着型の「私祭」として継続されています。竹や浴衣といった地元の素材を活かした作品作りは、地域との深い絆を象徴しています。

演劇団体「山山山」―「大相撲莇平場所」
滞在中、演劇団体「山山山(さんざん)」のメンバーとも交流し、彼らの活動についてもインタビューしました。夜の宴会場では、演劇集団「山山山」によるユニークな相撲コントが披露されました。「禁じ手」をテーマにした演目に観客は大笑い。そして、住民参加型の「大相撲莇平場所」には、しこ名をくじ引きで決める演出や、真剣勝負と笑いが交差する取り組みに、老若男女が楽しむ光景が広がりました。
「山山山」のメンバー、新見聡一さんは「アートを通じて集落に何かを残したい」と語ります。自主的に莇平に通い、住民と一緒に作品を作り上げるその姿勢は、集落の人々に誇りとなっています。住民の一人、ますやさんは「『山山山』がいてくれるおかげで莇平の盆踊りがある」と感謝の思いを述べました。
「ゴロゴロ莇平」と「山山山」の活動は、アートと祭りを通じて地域の絆を深める象徴です。これらの活動は、アートが地域に根ざし、生活と調和する可能性を示しています。佐藤さんと「山山山」が紡ぎ出す物語は、莇平にとってかけがえのない宝物として今後も語り継がれていくでしょう。
お祭りと笑い声が響く夜
夜になると、莇平はお盆の伝統行事で活気づきます。賑やかな飲み会の後には、相撲大会が開催され、村人と訪問者が本気ながらも笑い合いながら楽しんでいました。その後の盆踊りでは、提灯の灯りの下で人々が手を取り合い、踊りの輪がどんどん広がっていく光景が印象的でした。
最後に、去年の区長のまさいん(屋号)さん(高橋道久さん)がマイクを手にとりました。彼は莇平の全16世帯を即興で音頭に乗せて歌い上げ、その場をさらに盛り上げました。
まさいんさんに歌詞の由来を聞きました。「外から来る人もいるから、住民のことが分かりやすいのがいいと思って。去年やってみたら好評だったから、今年もやったんだ。」莇平には、かつて55世帯が住んでいたが、今は16世帯しかないです。盆踊りに来たのは、11世帯でした。参加できなかった3世帯は、足が不自由になったおばあちゃん達でした。まさいんさんは続けました。「芸大の人たちが来るのは賑やかでいいが、ずっといる訳じゃないので、いなくなると寂しい。住民が増えたら本当の活性化だと思うが、冬は雪が大変だから、住んでくれと簡単には言えないなぁ」。
盆踊りの歌詞は、地元で歌い継がれたものです。歌が得意な人も、そうじゃない人も、代わる代わる歌い継ぎます。そして次第に替え歌になってきます。お前が言うなら俺も言う、というノリで、日頃の思いを吐き出します。面と向かって言えないことも、お囃子に乗せると言えます。ネットなら炎上することも、ここでは無礼講でした。

未来への展望と期待と学会での発表
このフィールドワークの成果のひとつとして、地元住民や訪問者が一緒に作り上げた「明後日新聞」を発行しました。紙面にはインタビューや写真をふんだんに盛り込み、地域の魅力と課題がわかりやすくまとめられました。地元の人々にとって特別なものとなり、自分の名前や写真を見つけて笑顔を浮かべる姿が忘れられません。新聞作りのプロセスは決して容易ではありませんでしたが、アートとしても記録としても大きな意味を持つ成果となりました。

さらに、先日東京藝術大学大学美術館で開催された「芸術未来研究場展」(2024年11月27日〜2024年12月3日)において、私たちの活動成果を展示しました。展示では、滞在中に制作した「明後日新聞」を公開し、莇平でのフィールドワークを通じて得られた知見を紹介しました。また、グループのメンバーが来年のお盆に向けて団扇を制作し、地域とのつながりを継続していくための活動を企画しました。私は、佐藤悠さんの作品からインスピレーションを得て、音楽を制作し、その場で発表しました。アートが地域文化と結びつくことで、新たな表現の可能性が広がることを実感しました。

日本音楽芸術マネジメント学会の発表(2025年2月15日)では「アートとケア」の関係性について詳しく議論し、莇平での実践がどのように社会的なつながりを生み出しているのかを分析しました。特に、アートがもたらす「ケア」の新たな形について、従来の福祉的アプローチと比較しながら深く考察しました。今回の研究では「社会的処方」の理論的背景についても検討しました。社会的処方は、医療や福祉の枠を超え、アートや文化活動を通じて社会的なつながりを築くことを目的としたアプローチです。莇平でのフィールドワークおよび、参加したロンドン・ルイシャム地区でのイベントを踏まえ、地域におけるアートプロジェクトが人々の心身の健康や社会的結びつきをどのように支えているのかについて考察を行いました。
莇平での体験を振り返る中で、「私たちができること」についていくつかのアイデアが浮かびました。すぐに実行できることとして、地域の魅力や活動を発信する特別版新聞の発行や、お盆以外の季節イベントの企画が考えられます。特に新聞は、地域のエピソードや写真を広く発信することで、新たな訪問者を呼び込む力を持つと感じました。また、少し努力が必要な施策として、地域ガイドプログラムの構築や空き家再利用プロジェクトを通じて、若い世代や外部の人々と繋がる仕組みを作ることが挙げられます。これらの取り組みは、ただ「何かをしてあげる」ではなく、地域と外部が共に考え、共に成長する場を作ることを目指しています。
朝顔のように繊細で力強いアートの力を胸に、私はこの経験を大切に育て、再び莇平を訪れる日を心待ちにしています。短い滞在期間でしたが、集落の方々の団結力やエネルギーに触れる一方、高齢化や人口不足といった現実的な課題も目の当たりにしました。この貴重な経験を通じて、地域と外部が共に成長し合える場を創り上げることの重要性を改めて認識しました。今後も研究を深めながら、アートを介したケアのあり方をさらに探求していきたいと思います。
莇平で見た朝顔のように、一つひとつのアイデアを大切に育てながら、アートとケア、そして地域が共に歩む未来を描き続けたいと思います。
*すべての写真は、2024年度DOORプロジェクト「プログラム実践演習Eチーム(メンバー:藤原敬子、楊昊林、陳倩怡)」が撮影したものです。


